その時、突然どこからか声が聞こえてきた。
「・・・・・ナ、ユナ、しっかりして!ユナあ!」
母さんの、悲しい叫び声だった。ピッピッと心音を伝える機械の音もする。
ユナは、ハッと顔を上げ、それから唇をかんでうつむいた。
「ユナ、行かないで! ユナ! もう一度目を開けてちょうだい!」
カケルはドキドキしてどうしていいかわからずに、ただユナを見つめるばかりだった。
やがて、ユナの心音を伝える機械の音が規則正しく聞こえるようになった。 「ユナ、がんばってね」
ホッとした感じの母さんの声。 それきり、何も聞こえなくなった。
母さんは、今この瞬間も、ユナのそばにつきっきりなのだ。ユナが元気になるようにと、祈りつづけているのだ。
カケルは今更ながら、母さんの思いが心にしみた。ユナが生まれてからずっとずっと、母さんの願いは、ユナが元気になることだったのだ。
母さんは、家にいることはめったになかった。朝ごはんと夕ごはんは、父さんが作ってくれたり、祖母がおかずをいっぱい作ってきてくれたりした。
たまに家にいることがあっても、カケルのことを見ているようで見てくれていなかった。いつも青ざめた悲しい目をしていて、疲れていた。
カケルはそんな母さんのことを、できるだけ考えないようにしていた。考えても、ただ心の中に冷たい風が吹き抜けて行くばかりで、それはユナを憎む気持ちにつながって行ったからだ。
母さんは、カケルにユナに一緒に会いに行くように言っていたが、カケルは首を横に振るばかりだった。
ユナを嫌いな自分を許せない気持ちがあって、会うのが怖かったのだ。
そのうちに母さんはもう、カケルを誘わなくなった。そして、母さんがカケルに話しかけてくることも、ほとんどなくなった。
でも今は、カケルは母さんの気持ちが痛いほどよくわかった。
本当は、ユナのことはわかっていたのかもしれない。信じたくない気持ちと、精一杯生きてほしい気持ちと、不安で泣きたい気持ちと・・・いつも戦っていたのかもしれない。
母さんの心に、よりそってあげればよかった。カケルはこれまでの自分を激しく後悔し、涙があふれた。
いつの間にか、ひまわりは姿を消していて、黄金色の野原がどこまでも広がっていた。
カケルたちをのせた黄金色のじゅうたんが地面に近づくにつれ、黄金色の野原は、だんだん短くなって行き、カケルのひざの高さくらいになっていた。
泣きつづけるカケルの胸に、ケルンがぴょんと飛び込んできた。
「泣かないで下さいよぅ、カケルさん。」
ケルンの顔は、また大きなバツ印になっている。
カケルは、その顔に自分の顔をうずめた。
「お兄ちゃん、もうひとつはね・・・、ママを助けてほしいの。」
ユナの声がする。
「あたし、またママとパパと、お兄ちゃんと家族になりたいの。」
カケルは、そっと顔を上げて、ユナを見つめてうなづいた。
涙の跡を、ケルンが短い手で一生懸命にふいてくれた。
リン、と心の奥に届く月の光と、優しくたわむれる黄金色の草原と、そこに息づく、いのちたちの光。
ユナとリーデと、ケルンと・・・ただ、ただ、あたたかくて思いやりに満ちた豊かな美しい時間。
それは、これからのカケルのなすべきことを、はっきりと教えてくれたのだった。
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