林家三平さんの奥様で、みどりさん、喜久蔵さん、一平さん、泰葉さんのお母様である。
終戦の1945年当時10歳、小学5年生の時に東京の小学生たちはみな、
強制的に田舎へ疎開させられ、海老名さんは沼津へ疎開することになった。
「誰もお友達になってくれなかったらどうしよう」
と不安がる海老名さんにお母様は優しく、
「香葉子ちゃんは明るくて強い子だから大丈夫よ」
と手を握ってくれたという。幼い3つの弟も自分のおもちゃ箱の中から、メンコを一枚くれた。
そしてそれがそのまま、愛する家族との永遠の別れとなってしまった・・・。
「次の時代の種を絶やさないために逃がしたのよね」
と、美輪さん。
しかし、その沼津も8回ほど空襲に遭っている。
「ものすごい低空飛行で音もなく近づいてくるんです」
海老名さんが言うと、国分さんが「どれくらいですか」と尋ねる。
「バイロットの顔がはっきり見えましたよ」
「そう、ヤツらはニヤニヤしてね。笑いながら狙い撃ちしたのよ」
と、美輪さん。
「あのね、アメリカ軍にも軍隊の建物だけを爆撃すればいいじゃないかと言う良心的な人もいたのよ。でもそういう人はみんな外されちゃって、皆殺しに
しろ!って言う人が指揮をとったのよ。わざとね、エンジン音を止めてそーっと近づいて、いきなりバーーッとかけるとみんな散り散りになって逃げるでしょ、そうやっておもしろがっていたの」
国分さんは信じられないという風に顔をしかめていた。
「疎開している間、3日おきくらいに家族からたくさんの手紙がきました。それがとても嬉しくて」
という海老名さん。
しかし・・・1945年3月9日の夜半すぎに東京大空襲が起きる。
海老名さんのご家族が住んでいらした深川は全滅と言われるほどひどかったそうだ。炎に追われて小学校の門にたどり着いたけれども、その門は固く閉じられていて、中に入れなかったそうだ。小さな弟を熱風から守ろうと、お母様が覆い被さり、その上にお父様が・・。そんな中、海老名さんのすぐ上のお兄さんだけが門の中に入れて助かったのだそうだ。
その3日後、お兄さんはぼろぼろの格好で沼津に来られた。
「ごめんね・・ごめんね、みんな死んじゃったんだ」
2人は抱き合って泣いたという。
そして兄は、お世話になるわけにはいかないと、焼け野原の東京に戻って行ったそうだ。
「その空襲は、2時間で10万人の方が亡くなったそうです。じゅうたん攻撃って言って、じゅうたんを敷いて行くようにすべてを焼き尽くして行くんです。」
空から、ガソリンの火のついた筒がたくさん、たくさん、落とされたのだ。
何を思ってそれらを投下したのだろうか。
もしも、笑っていたのだとしたら・・・許せない!
大切な家族を戦地に取られ、無事を祈りながら支え合って生きていた人々を・・・。
海老名さんもまた、兄の後を追うように東京に戻った。
それからはもう、地獄の日々だったという。子守りの手伝いなどをして、いろんな家族の間を渡り歩いた。自分の子どもに食べさせる物もないので長くは居させてもらえず、それでも声をかけて手伝いをしてごはんを食べさせてもらっていたという。
以前住んでいた家に行ってみたら、一面何にもなくなっていたそうだ。
それでも土の中から、小さな弟の布団の切れ端や母の茶碗のかけらを見つけ出し、声を限りに泣いた。
雪がちらちら降る中、ひざを抱えた海老名さんは、もう生きる力をなくしてじっとうずくまっていた。このまま、どうなってもいい・・そう思っていた。
その時、黒い人影が現れて、声をかけてくれたという。
「お嬢ちゃん、ダメだよ死ぬなんて思ったら。がんばろうよ!」
その人は、半分に割ったおイモをくれたそうだ。
「そのおイモのおいしかったこと!体があたたかくなるのを感じました」
そして、お父さんの仕事の関係の人のメモがあるのを見つけ、訪ねて行ったという。そして「柳家金馬」さんにめぐり会う。
「うちの子におなり」
そう言って下さり、ごはんを食べさせてくれた。本当に久しぶりに布団で寝たそうだ。
そして、「丈夫そうでいい子だね」と気に入られて林家三平さんと結婚されたのだ。幸せになられてホッとした。本当に、ホッとした。
それから海老名さんは、空襲がひどかった場所に慰霊碑を個人で建てられたのだ。苦労に苦労を重ねてやっと完成したのだが、奇跡をたくさん体験されたという。母子像を彫る彫刻師の手が腫れた時、一晩中祈られたそうだ。
そうしたら何もなかったように治って、また仕事を再開できた。
そして、風が吹いた中にお坊さんがいて、肩をトントン叩かれてあまりにしつこいのでその手をぐいっと引っ張ったらお坊さんを一本背負いしてしまい、ほほにひげのざらっとした感触が残ったという。
「それって何なのでしょうか?」
と尋ねると、江原さんが笑顔で答えた。
「まず、前にさかのぼっておイモをくれた黒い人ね、声がお父さんに似てるとお思いになりませんでしたか?」
「えっ、父だったんですか?」
「はい。そしてお坊さんは、あの時幼かった弟さんが大人になった姿を見せて下さったの。」
「ええーーっ!」
「それからね、お父様かな、蓄音機がお家にあったんですか?」
「そうです、ありました。うちの自慢の大きな蓄音機でした」
「その蓄音機の楽しい思い出を忘れないでと言っておられますよ。あれは
楽しかったねーって」
「物は消えても、思い出は消えないものね」と美輪さん。
「慰霊碑の時には、ずーっとお姑さんが海老名さんと2人羽織のようにして
一緒にがんばっておられましたよ。ご主人も助けておられました。海老名さんが世のため人のために何かしておられることに感謝の思いからと言っておられますよ」
「そうですか」
「そしてね、あなたのお父さんお母さんがこう言っておられますよ。置いて行ってごめんなさいって。死んだ者の方が、あの時代は幸せだったって」
「そうよー、生き残った人は、もう地獄のような生活でしたから」
そう言われる美輪さんは、長崎の原爆を体験されている。
いきなりのまぶしい閃光の後、雷の何千倍もの爆発音がして、家中のガラスが
すべて割れてふすまに直角に突き刺さっていたそうだ。奇跡的にけがひとつしなかった美輪さんは、お手伝いさんと兄の3人で地獄のような長崎の街を逃げたという・・・。
江原さんは、とても優しい笑顔で言われた。
「ご家族は、みなさん完全に成仏なさっています」
「そうですか。そればかりが気がかりでした。安心いたしました。」
「お兄さんはどうされたんですか?」と国分さん。
「兄は、闇市で腰ひもを売っていたりしていましたが、今は父の跡を継いで
います」
「そうですか。僕らは戦争を知らない世代なんですが、戦争って具体的に
どう捉えればいいんでしょうか?」
「それはねえ、こう考えてみればいいのよ。自分の大切な父親が、夫が
息子が、孫が、理不尽な形で戦地に連れて行かれることよ。そして会えなく
なることなのよ。」
「そうですね。ご家族の方がメッセージを送って下さっています。家族を
大切にして下さいって。自分を守ってくれるのは家族です。世の中のすべての人を家族だと思えるなら、こんな戦争は起きないでしょう・・」
そう、同じ地球に住む家族なのに、国や宗教の違いで争うのは愚かなことなのだ。家族だと思っていたならば、原爆を2つも落とさないはずなのだ。
人体実験だったという説もあるが、あながちそれはうそではないと思う。
これは余談だけど、人は死後、自分の犯した罪を映画のようにスクリーンで
見せられるのだそうだ。その人がどんな苦しみを味わいその後どうなったかまで。その苦しみを体験させられることもあるという。
ならば、原爆を作った人、落とせと命じた人、落とした人・・・
原爆によって奪われたたくさんの人々の苦しみを全て体験させられるだろう。
おそらく何百何千年もの間、ずーーっと。今は安穏と暮らしているのだろうけど。ゲームのように狙い撃ちしたパイロットも同じ。
戦争がなければ、こんな恐ろしい罪を犯すこともなかっただろうに。
小さな小さな、ほんの小さな地球に住んでいる人間同士、殺し合うのはもう
やめてほしいものだ。
そのためには、私たちひとりひとりがすべての人を愛する心を持つことだ。
争いは、その人を理解できないことから起きる。
すべて私たちは同じ人間なのだ。理解できないはずはないと思う。
平和な世界は、ひとりひとりの心から始めて行かなければならないと思う。
こんにちは。
いつもながらまりあちゃもさんの「オーラの泉」の解説は、とってもよく解ります。
昨日は本を読んでいるうちに眠ってしまったので、
番組を見ませんでした。
海老名香葉子さんは、いろんな番組などで、
戦争の体験を語っておられますね。
でも、その体験中の出来事をオーラで解説したのははじめてですね。
その不思議な体験談を読むだけでも、
戦争は決して起こしてはいけないと思います。
家族を大切にせねば、とも。
のんこさん、こんにちは!
家族の大切さを、本当に本当に痛感しました。
戦後、一生懸命に生き抜いた先祖がいて下さったからこそ、今の私たちがあるんですよね。
それを忘れないで行きたいと思います。
今回も、見ずに寝てしまっていましたが、とても深い深い内容のものだったのですね・・・
もちろん、いつも深いのですが、特に・・・
海老名香葉子さんを存じ上げないのですが、三平さんは聞いたことありますし、確か峯竜太さんの奥さんのお父さんとお母さんですよね??
とても辛い経験をなさったんですね・・・
今回の日記を読んで、更に色々と考えさせられました・・・
本当になぜ人は争わずにいられないのでしょうね・・・
皆が家族を思う気持ちで皆に優しく出来たらよいのに・・・(´;ェ;`)ウゥ・・・
「これは余談だけど、人は死後、自分の犯した罪を映画のようにスクリーンで
見せられるのだそうだ。その人がどんな苦しみを味わいその後どうなったかまで。その苦しみを体験させられることもあるという。 」
これ、ナンだかレ( ̄ー ̄)ナットク!!( ̄^ ̄/)と言うか、そうでないと・・・って言うか。。。
理不尽に亡くなった人達の想いが少しでも、理不尽な事をした人達に伝われば良いなと思うので、ぷちら☆的にはそうであって欲しいと思います▽・w・▽
今日も、とっても解りやすく伝えてくださってありがとうございました(*- -)(*_ _)ペコリ
ぷちら☆さん、こんばんは!
今回も、がんばりました!
内容が内容だけに録画して明るいうちに見ようかなーとも思ったのですが、やっぱり見てしまいました!
そうそう、もう一人海老名みどりさんを忘れていました。修正しますね!ありがとうございました!
平和な世の中に一日も早くなってほしいです。
こんばんは〜
何時もオーラの泉よまさせてもらってるけど、本当に分かりやすっ書いてあって、最後まで読むんですよ〜
戦争は絶対にあってならないですよね。
皆が、穏やかな気持ちで、人を敬い、恨んだりしてはいけない・・こんな小さな心が、大きな平和をもたらすんだと思います。
ikukoさん、こんばんは。
今回は、とても長くなってしまいましたが、読んで下さってありがとうございます!
がんばったかいがあります。
平和は、ひとりひとりの心の中にあるんです。
そんな気がします。
自分という世界を平和にして行く。それが世界を平和にして行くのだと思います。
とてもむずかしいことだけど、やってやれないことはない。努力次第なんですよね。すべての人が、天使や菩薩のような心を持てば、そこはもう天国なんですものね。決して怒らない。この修行?が大切なんだそうです。うう・・・むずかしいけど、がんばって行きましょうね!
なんかすごくリキが入っているというか、今回のは特に読み応えがありますね。
まりあちゃもさんの「オーラの泉」シリーズのおかげで、私もなるべく「オーラの泉」を見るように心がけています。(つい忘れてしまうこともあるんですけど…)
で、自分で見ていても、まりあちゃもさんの書かれたものを読むと 「なるほどぉ」と再認識、です。
ネットサーフィンしながら見ていては、さらりと浅い見方になっちゃうんですね。
まりあちゃもさんの深い理解力で不足分を埋めていただいているって感じで、感謝です。
櫂さん、こんばんは☆
いやあ、ありがとうございます!
がんばっている甲斐があります。(///(エ)///)
今は「熱闘甲子園」のおかげで開始時間が遅くて、
ツライのですが、がんばってます。
今回は、お話だけでしたし、内容がとてもシリアスだったので、長くて重くなりました。
お付き合い頂いてうれしいです。
これからも、がんばりますねー!
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