2006-04-24(Mon)
フナ子と私
私がフナ子と出会ったのは、高校一年のことだった。
私もフナ子も、丙午生まれ。 女の子にとって縁起の悪い干支なので、出生率がぐっと下がった年だ。 なぜ縁起が悪いかというと、江戸時代に「八百屋お七」という女性がいて、 火消しの「きちざ」に恋をしたお七は、その人に会いたいがために江戸の町に火をつけて回ったという。 捕らえられて処刑されてしまったお七。 そのお七が、丙午の生まれだったので、「男を食う」という理由で忌み嫌われているのだ。 ゞ( ̄∇ ̄;)おいおい、そんなことは後の世の私たちに関係ないじゃんよ・・・。 でもまあ、そのおかげで、その高校に何とか合格することができたのだから それはそれでよかったのかもしれない。 入学する前に説明会があり、その日に大量の宿題が出された・・・。 それがまたむずかしくて、一気に私のテンションは下がってしまった・・・。 llllll(-_-;)llllll ||||||||||||||(* ̄ロ ̄)|||||||||||||||| それをどうにかこうにかどうしたのか覚えちゃいないが、とにかく何とか入学したのであった。 その学校は、全てが木造平屋建て。縦に4棟くらい並んで建っていた。 私のクラスがある棟は、一番端っこにあり、廊下の床は歩くたびにギシギシしなり、真中には穴があいていた。 教室には細長い電気が3つしかなく、いやはやすごい環境だった。 高校へは、バス通学。停留所を降りてひたすら川沿いを歩く。 今にして思うと、かなりのんびりした風景であった。 フナ子に出会ったのは、クラブの時間だった。 ひとつ上の先輩から、音楽クラブに入ると、文化祭でミュージカルをするよと聞いていたので私は迷わず音楽クラブを選んだ。歌ったり、ダンスしたりということに興味があったから。鹿児島のド田舎には、バレエ教室もダンス教室もありはしなかったのだ。 ここで、私とフナ子は、衝撃的な人物に出会う。 それは・・・音楽の教師 森周先生である。 音楽室は、一番外れの小さな一戸建て風の建物だった。三角屋根に白い壁で、入り口まで飛び石が置いてあった。 一見かわいらしい建物に一歩足を踏み入れると・・・・、何と何と、 ミック・ジャガーやビートルズにキッスだデュランデュランだetc.・・・の ポスターが一面に隙間なく貼られていた。 普通はベートーベンやバッハやモーツァルトが睨んでいるはずの音楽室に!! そして、森先生はその奇抜な教室にひけをとらぬ、強烈な個性の持ち主であった! 年は、当時50に近いか過ぎていたように思う。 まず、頭の大きさに驚く。7割ほどが白髪の五分刈りで、白菜のような感じ。 上に行くほど広がって行く。 はちきれそうな濃いグレーのスーツをいつも着ていたような気がする。 次に、その話の内容と説明の長さ! 音楽の授業は2時間続きだったが、一時間は先生の話だけで潰れた。 ある時はビートルズを語り、またある時は、佐野元治を語った。 そしてやーーっと本題の曲を聞かせてくれたり、ビデオを見せてくれた。 確か、一年の時の期末試験の歌の試験は、「ウエストサイド」の「マリア」 だった。♪はじめて聞くその名はーーマリアマリアマリーーア♪とマイクの前 で順番に歌った。 ある時は、「青い風船」という無声映画の感想を書かされたり、「小鹿物語」 の感想も書いたかなあ。 とにかく、型破りな人物、そして授業だった。 大半の人は嫌いらしかったが、私は好きだった。 私の「青い風船」と「小鹿物語」の感想をとてもホメてくれたから。 そしてそれは、フナ子も同じだった。 |





